あはれ、時々をかし。

ーー人生という一度きりの実験を書き留めるーー

お久しぶりの方も、はじめましての方も、見つけてくださりありがとうございます。

しばらくここをお休みしていましたが、2026年、いまの自分の暮らしや心境の変化に合わせて、このホームページに『あはれ、時々をかし。』を追加して、のんびりリニューアルすることにしました。

まずはその第一歩として、今の想いをすこしだけお伝えさせてください。

好奇心旺盛でやってみなくちゃ気が済まないわたしと、 心配性で石橋をたたき割ってしまいそうになるわたし。

グラデーションのように混ざり合いながら、日々落としどころを探っているような気がします。

継母として17年。 ステップファミリーというマニュアルの無い関係性。
迷いや葛藤、割り切れない感情に飲み込まれそうになりながらも、わたしなりの・我が家なりの幸せを感じる瞬間もたくさんあって。

継母という立場に限ったことではなくて、母親として、妻として、娘として、社会人として__ひとりの人間として。

世間の正解や自分の正義に固執しすぎず、答えのない問いの中で小さなチャレンジを続けている途中です。

心の中に大泉洋を

切実な本音に飲み込まれてしまいそうなときも、ユーモアを心のどこかに忍ばせておきたいものです。

起きた出来事を笑い飛ばすほどのパワーはなくても、ちょっとだけでも『をかし』と言えるところを探してみる。
心の中に大泉洋さんを降臨させて、代わりに愚痴ってもらう。
方法は色々あると思いますが、がっつり凹んだ後に切り替えるとき、わたしはよくそうしています。

そして自分を癒すものが何かを知っていることも、チャレンジを支えてくれます。

わたしが日々、取り入れているのは「五感」を使って心地よいと感じられること。
音楽を聴いたり、歌ったり、楽器を弾いたりする。
アルコールインクアートで色のゆらぎを見つめる。
星や空、海を眺める。
心地よい肌触りのものを纏う。

時間は短くても、何もしないよりはるかにいいです。
しんどい時は手抜きもズボラもやります。
誰かのためだとか、世間体だとか、そういったものは一旦脇に置いて。

「わたしが満たされていないままでは、誰かを満たせるはずがない」

そう自分に言い聞かせています。

どっちも自分、最期からの逆算

わたしはよく「最期」を意識していることに気づきます。
もしもこれが最期なら__。
最期から逆算して今を生きているような感じです。

当たり前だと思いがちな日常が、実は一番尊いものだと思うのです。

子どもたちの笑った顔を見れたり、家族で何気ない話をしたり、その毎日が何よりも愛おしい。
…かといって、四六時中そういう風に思えるかというと、そうでもなくて。

心や時間の余裕、金銭的な余裕がなくなれば、それどころじゃなくなるし、どれだけ大事に想っていても、いつもいつもストレートに表現できるとは限らなかったりする。

そういう自分もひっくるめて「あぁ人間だなぁ」と思うわけです。
完ぺきにはなれないので。

はじまりのごあいさつ

このブログでは、これまでの・これからの試行錯誤を書き留めてみようと思います。

ジャンルはわたしが興味を持ったこと全部。
納得できるまで石橋を叩き割ってみたり、疲れ果てて「適当」という名の逃避行に出てみたり。

そんな私の不器用な試行錯誤が、どこかで同じように、境界線の上で踏ん張っているあなたの、ちょっとした息抜きになれば幸いです。

それでは、ぼちぼち始めてみます。
これからどうぞ、よろしくお願いします。

『あはれなり』と物思いにふける日も、 自分の人生を時々『いとをかし』と見つめながら。

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