継母になった日から、シンデレラが読めなくなりました。
多くのおとぎ話の中で、継母はいつも悪役です。
意地悪で、冷たくて、子どもを不幸にする存在として描かれています。
誰がそう決めたのでしょう。
継母になってから、たくさんの絵本を読み聞かせしてきました。
でも、シンデレラだけは一度も読んであげたことがありません。
継母=悪者の物語を、継子に読んであげることができなかったのです。
継母になる前は、シンデレラは不幸な少女が幸せになる話だと思っていました。
自分のことを受け容れてくれる王子様に出逢えた少女、とても夢のある話だと。
だけど継母になってからは手に取ることもできませんでした。
どうやったってシンデレラに出てくる継母と、自分を重ねてしまう。
もう夢見る少女じゃいられなくなったのです。
あなたはどうでしょう。
シンデレラの絵本、今でも読めますか?
世界中の子どもが知っているこの物語の中で、継母はなぜここまで悪く描かれたのでしょう。
そして、継母とはそもそも何者なのでしょう。
おとぎ話の継母たちを改めてみると、気になることがあります。
シンデレラの継母は、シンデレラに家の仕事をさせていました。
白雪姫の継母は、美しさへの執着から娘を遠ざけようとしました。
ヘンゼルとグレーテルの継母は、食べる者にも困る貧しさの中で、子どもたちを森に捨てました。
どれも、褒められた行いではありません。
でも、ふと思うのです。
もしかしたら・・・・シンデレラの継母は、ただ家の仕事を教えていただけではなかったのか。
自分の娘たちと同じように、生きていくための術を身につけさせようとしていただけではなかったのか。
継母になってはじめて、そんな見方ができるようになりました。
悪意があったのか、それとも不器用な愛情だったのか。
当時の時代背景や生活の苦しさの中で、継母たちは何を思っていたのか。
おとぎ話で継母の本音を知ることはできません。
ただ、ひとつ言えることがあります。
継母と言う立場に立ってみなければ、継母の気持ちは分からないということです。
現実の継母たちは、おとぎ話の継母とはずいぶん違います。
私がカウンセラーとして10年以上の間に出会ってきた継母たちは、真面目で、思いやりがあって、悩み続けている人たちでした。
継子との関係に悩み、パートナーとの温度差に苦しみ、世間の目を気にしながら、それでも毎日ごはんを作り、洗濯をして、継子の隣で生きてきた人たちです。
悪役どころか、誰よりも真剣に「どうすればいいか」を考え続けている人たちでした。
それなのに、「継母」という言葉にはいまだに暗い影が付いてまわります。
物がスペースにちょうど入ることを「シンデレラフィット」というそうですが、うまく収まらないことを「継母フィット」という言葉で表現されているのを知ったときは、胸の奥底から苦い苦しみが湧いてきました。
シンデレラを読んで育った世代が大人になり、継母になる。
おとぎ話の悪役と同じ名前で呼ばれる側になる。
自分自身が悪役だと思っていたものの立場に置かれたとき、自分をどう受け止めたらいいのか、理不尽で辛いものです。
このブログは、継母を擁護をするために書いたわけではありません。
継母だって、間違えることがあります。醜い感情を持つこともあります。
それはこれからのブログで正直に書いていきます。
ただ、一つだけ最初に伝えさせてください。
あなたが今日までなやんできたこと、それ自体がすでに、シンデレラの継母とはまったく違う証拠です。

